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熱心な先生のボヤキ!

category - 楽器
2017/ 09/ 20
                 
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 昨日はまだ疲れが取れませんでしたが週末にはレッスンが待ち構えているので、仕事を終えてとりあえずフルートから、モダンの方です、復習というよりほんのちょこっと吹くだけなんですが短い時間でも毎日、出来ないですけどできるだけ毎日手に取ったという感覚が大事なんじゃあないかと、そして日曜はガンバレッスンなので楽器をケースから出して一弾きしたら、疲れてるなあと、そうゆう時ってやっぱり練習しても無意味かなあとしょっちゅう考えが変わるのである。躰が発する信号には素直に従う、があまり素直に従うと何もやらなくなる、ふ~ん、困ったものなのである。そうゆう性格だから無理やりスケジュールを設定して外圧に屈していやいややる、一体なんじゃこりゃ、趣味とはいえないなあ、なのである。

 日本人は自分の仕事がどんな仕事であろうと無意味、無価値であるとは思いたくない。だから日本人はどんな職業についても一生懸命やるのだそうな、とは外国の方の見方なんだって。そう言われてみればそうかなあと思うのだが自分の仕事が自分だけで完結する場合は良いのだが、たとえば先生という職業は必ず生徒という生身の人間を相手にするわけで、この場合熱心な先生ほど生徒からフィードバックしてくるものを期待する。趣味の世界の師弟関係だと生徒の方は趣味ですから、それほどのものを求めてるわけじゃあない方がほとんどですから、だからギクシャクするのである。その点古楽器の世界なんかだと、マニア、オタクが多いですから先生と波長が合うばあいが多いしあわせな世界なのである。

 モダン楽器はフルートとチェロしか知らないがチェロは古楽器に近い生徒が多いみたいですね、あんな楽器始める段階からして相当な覚悟決めてますからねそりゃ意気込みが違います。熱心な方が多い。問題はフルート、なんとなく始めた、オイラもそうですけど、そう言えばどの楽器もなんとなく始めたわけでオイラのばあいは例外として、フルートはフルート吹いてるってなんとなくかっこいいかなというくらいのナウンちゃってフルーティストが多いんじゃあないかと、まあ暴言かもしれないけど思うわけである。だから先生の熱意が空回りしてしまう、生徒に言わせればそんなに時間割けないもの先生の言うとおりなんて練習できません、となるのである。

 オイラもどの先生の期待にも応えられていませんけどね、幾つもの楽器やってますからそれを言い訳に逃げてるわけなんだけど、期待に応えられるような生徒にはなりたいわけであるがここは先生にも我慢してもらうしかない。そう言う先生に教えてもらえてるというのはしあわせなことなんですけどね。


 
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